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東京高等裁判所 昭和36年(ネ)833号 判決

控訴人 清水操 外一名

被控訴人 板倉町大箇野農業協同組合 外一名

主文

原判決中控訴人ら敗訴の部分を次のとおり変更する。

被控訴人らは、各自、控訴人らに対し各金二十六万三百四十九円宛及びこれに対する昭和三十五年五月一日以降完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

控訴人らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審ともこれを五分しその一を控訴人らのその余を被控訴人らの負担とする。

この判決は控訴人らにおいて各金五万円の担保を供するときは、各被控訴人に対し第二項に限り仮に執行することができる。

事実

控訴人ら訴訟代理人は、原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消す、被控訴人らは各自控訴人らに対し各金三十五万円宛及びこれに対する昭和三十四年十二月十日以降完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とするとの判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴人らは控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の提出、援用及び認否は、控訴人ら訴訟代理人において、(一)本訴請求の損害金各五十万円はその内各金三十万円を慰謝料としてその余を得べかりし利益喪失による損害金の内金として請求するものである、(二)控訴人らにおいて本件事故につき自動車損害賠償保障法により保険会社から受領した保険金合計二十一万千五百六十円は控訴人らが相続した亡美江子の得べかり利益喪失による損害賠償債権金百四万円の填補に充当したものであると附加陳述し〈証拠省略〉たほかは、原判決事実摘示と同一であるから、その記載をここに引用する。

理由

控訴人両名間の長女美江子が控訴人ら主張の日時場所において被控訴組合の自動車運転手被控訴人高瀬の運転する被控訴組合所有の小型三輪貨物自動車に轢かれ間もなく死亡したこと、右死亡が被控訴人高瀬の過失に基因すること及び右過失の態様が控訴人ら主張のとおりであることは、当事者間に争いのないところである。したがつて、右自動車運転手被控訴人高瀬において損害賠償責任を負わなければならないことは明らかである。次に、成立に争いのない甲第四号証並びに原審における被控訴組合代表者楢原虎右衛門及び被控訴人高瀬勇各本人尋問の結果によれば、被控訴組合は肥料の配達、農作物の集荷その他自己の業務のため右自動車を運行の用に供する者であることが認められるから(この認定に反する証拠はない。)、被控訴組合は、その自動車運転手被控訴人高瀬の惹起した本件事故につき自動車損害賠償保障法第三条により損害賠償責任を負担しなければならない。右各証拠によれば、本件事故は控訴人ら方からの依頼に基き被控訴組合においてサービスとして小麦集荷のため自動車を運行させた際に発生したことが認められるけれども、かかる事実をもつて右法条に基く被控訴組合の責任を否定すべきでないことはいうまでもない。

そこで、本件事故による控訴人らの損害につき判断する。

控訴人らは、まず、死亡した美江子の得べかりし利益の喪失による損害を主張するので、検討するに、成立に争いのない甲第三号証及び第八号証並びに乙第一号証によれば、美江子は本件事故死当時満七才の身体健康な女児であつたことが認められるから、経験則に照らし、同女は、本件事故がなければなお六十一年余(厚生省統計調査部作成第九回生命表における満七才の女子の平均余命)は生存し続けたはずであり、成人して二十才に達するとそれから四十年間は通常の一般女子労働者のように就業し毎月収入を得べかりしものと認めなければならない。そして、成立に争いのない甲第六号証及び第七号証の各一、二によれば、労働省の調査による昭和三十四年七月(本件事故発生の月)における全産業常用労働者賃金の女子一人当り平均は一カ月金一万三千十二円でありまた総理府統計局の調査による右同月における全都市平均世帯人員数四、五七人の一世帯当り消費支出総額は一カ月金二万九千七百五十八円であることが明らかであるところ、右一世帯当り支出額を基礎として計算した一人当り生計費金六千五百十一円を右平均賃金から控除した一カ月の純収入は控訴人ら主張の金六千五百円をこえることとなるから、その四十年間の純収入の合計は少くとも金三百十二万円となることが計算上明らかである。これをホフマン式によつて計算すれば一般女子労働者の四十年間の得べかりし利益の現在価は金百四万円となり、したがつて、右同額が美江子の得べかりし利益の喪失による損害に当るものといわなければならない。ところで、被控訴人らは、控訴人らの側にも過失があるから賠償額の算定につき右過失は斟酌されるべきであると主張するので、考えるに、前記甲第三号証、同第四号証及び乙第一号証、成立に争いのない乙第二号証及び第三号証並びに原審における証人清水誠子の証言及び控訴人両名、被控訴組合代表者楢原虎右衛門、被控訴人高瀬勇各本人尋問の結果を総合すれば、本件事故は控訴人らが野良仕事に出ていた不在中に控訴人ら方において発生したものであるが、その留守を預る控訴人操の母清水まつ及び野良から水汲み等のため一時帰宅した同控訴人の妹清水誠子は、前記美江子が事故現場にいること及び前記自動車がやがて同所に立ち入ることを知つていたのにかかわらず、美江子を安全な場所に避難させるとか同女に注意を促すということまでは考え及ばず、なんらの避難措置をとらなかつたため、本件事故の発生を見るに至つた事実を認めることができ、この認定を動かすべき証拠はない。そうすると、右まつ及び誠子両名においても慎重な注意を怠つたという過失があつたものというべく、本件事故は、必ずしも被控訴人高瀬の過失ばかりに基因するものということはできない。そして、右両名は美江子の親権者たる控訴人らの同居の親族として控訴人らの美江子に対する監護の義務を補助すべき立場にある者であるから、右両名の過失は、控訴人らの過失と同視すべきである。ところで、過失相殺につき斟酌すべき被害者の過失とは、厳格に被害者本人の過失に限ると理解するのは必ずしも妥当でなく、少くとも被害者の親権者の監護上の過失は斟酌しなければならないものと解すべきであり、本件のように親権者が被害者の相続人として賠償請求する場合においてはなおさらのことである。そして、本件事故発生については右のように被害者美江子の親権者たる控訴人らの監護上の過失と同視すべきその補助者の過失もその一因をなしているのであるから、右に示したその過失の態様と加害者たる被控訴人高瀬の前記過失の態様とを対比して考えると、美江子が各被控訴人に対し請求しうる賠償額は、前記損害額金百四万円の十分の八に当る金八十三万二千円と定めるのが相当である。したがつて、美江子の両親たる控訴人らは、右損害賠償請求権をその二分の一の金四十一万六千円ずつの額で相続したものというべきである。

次に、長女美江子の死亡による控訴人らの慰謝料につき考えるに、この関係では控訴人らは被害者本人に該当するところ、その補助者の過失も本件事故発生の一因をなしていることは前段説示のとおりであるが、右過失を斟酌してもなお、前記甲第八号証、成立に争いのない同第九号証の一、二、原審証人清水誠子及び当審証人清水吉蔵の各証言並びに原審における控訴人両名各本人尋問の結果を総合すれば、控訴人ら夫婦は、約二町歩の農地を耕作する部落でも中位以上の農家であり、死亡した美江子を含めて四人の子供があつたが、そのうち美江子だけが女児であり、同女は小学校一年生として身体もよく普通の学業成績を挙げ両親の控訴人らから深い愛情と期待を掛けられていたところ、同女の事故死により控訴人らは愛惜の情に堪えず、ことに控訴人トミにおいては毎夜のように同女の墓に参つたり三十五日忌頃には夜ひそかにその墓地を堀り起そうとしたこともあり控訴人らの落胆と悲哀の程度は甚大なものがあつたことが認められるから、かかる控訴人らの精神的苦痛を慰謝するには、本件事故の態様、被控訴組合の業務の態様と規模、被控訴人高瀬の学歴・職業・収入・資産その他本件訴訟にあらわれた諸般の事情を参酌の上、被控訴人らにおいて各自各控訴人に対し金二十四万円ずつを賠償すべきものとするのが相当である。

ところが、被控訴人らは、控訴人らにおいて昭和三十五年四月中本件事故につき自動車損害賠償保障法により保険会社から保険金二十一万千五百六十円を受領しているからこれを被控訴人らの賠償額から控除すべきであると主張するので、判断するに、控訴人らは、右保険金受領の事実及びその時期を認めた上、右は控訴人らが相続した美江子の得べかりし利益喪失による損害賠償債権の填補に充当したものであると主張するけれども、かかる充当の事実を認めるべき証拠はないから、結局法定充当によるほかないものというべきである。そして、各控訴人の美江子から相続した得べかり利益喪失による損害賠償債権金四十一万六千円と前記慰謝料債権金二十四万円とは、いずれも、その履行期は本件不法行為が成立した昭和三十四年七月三十日であり(したがつて、その時から遅延損害金を附すべきである。)かつ民法第四百八十九条第二号及び第三号に掲げた事項が同等であり、各控訴人の債権の内訳及び金額は右のようにまつたく同じであるから、右保険金はその半額金十万五千七百八十円ずつをもつて各控訴人の各債権につき同法第四百九十一条及び第四百八十九条第四号の規定に従つて充当させ、右各債権は該充当額の限度において一部消滅したものといわなければならない。その計算関係は、次のとおりである。

表〈省略〉

以上のとおりであるところ、控訴人らは美江子から相続した得べかりし利益喪失による損害賠償債権については右残額金三十六万四千六百五円の内金二十万円の限度で本訴請求をなしているにとどまるから、これと右慰謝料債権残額金二十一万三百四十九円との合計金四十一万三百四十九円ずつ及びこれに対する右充当の翌日たる昭和三十五年五月一日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金につき、被控訴人らは、各自、各控訴人に対しこれを支払うべき義務があり、したがつて、控訴人らの本訴各請求は右履行を求める限度において正当としてこれを認容しその余を失当として棄却すべきである。よつて、右各請求を合計金三十万円(各控訴人については金十五万円ずつ)及びこれに対する昭和三十四年十二月十日以降完済までの遅延損害金の支払を求める限度において認容しその余を棄却した原判決の右棄却部分は一部不当であるから該部分を変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条及び第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 川喜多正時 中田秀慧 賀集唱)

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